院長:堀口貴司(ほりぐち たかし)プロフィール
| 出身地 | 奈良県生駒市 |
|---|---|
| 生年月日 | 1984年12月9日 |
| 経歴 | 平成16年4月 東大阪市某鍼灸整骨院勤務 平成21年5月 奈良県でオレンジ鍼灸院開業 扇町漢方クリニックで研修開始 平成25年8月 東大阪市にて心晴鍼灸院開業 |
| 保有国家資格 | はり師・きゅう師免許 柔道整復師免許 |
| 趣味 | キャンプ・釣り |
| 家族構成 | 妻と1男3女 |
ご挨拶
当院のホームページをご覧いただき、ありがとうございます。
東大阪市・布施にある心晴鍼灸院の堀口と申します。
当院は鍼灸施術の専門院として、さまざまな不調に対する施術を行っており、病院へ行ってもなかなか改善しない方や、原因が分からずさまざまな治療を受けてこられた方も多く来院されています。
今ある不調には、何かしらの理由があると考えています。
日々の生活の中で、知らず知らずのうちに身体や心に負担がかかり、それが積み重なることで身体のバランスが崩れ、不調として現れることがあります。
当院では、その負担がどこにあるのか、身体がどのような状態になっているのかを患者さまと一緒に見つけ、鍼灸施術を通して身体を整えていきます。
そして、私が大切にしているのは、不調を改善することだけではありません。
身体が楽になることで、気持ちにも少しずつ余裕が生まれる。
あなたに余裕ができれば、ご家族や周りの人にも、少し優しくなれる。
その優しさによって誰かが笑顔になり、その笑顔がまた、その人の周りにいる誰かの心や身体を健やかにしていく。
そんなふうに、一本の鍼から優しさと温もりが少しずつ広がっていくことを願いながら、日々施術を行っています。
患者さまに「こころ、晴々」と感じていただけるよう、心と身体の健康づくりをお手伝いすることが、私のモットーです。
このあとに私自身のことについても記載しております。
どのような人間が施術をしているのか、少しでも知っていただければ幸いです。
私が治療家に至るストーリー
治療家家系でもなく、ごく一般的な幼少期
昭和59年に奈良県生駒市で生まれ、幼少期は元気に友達と野山を駆け回って遊んでいた普通の子供でした。
少し他の子とは違った点と言えば、年に数回高熱を出してはうなされ、悪夢を見ては大泣きしていた事と、よく肘の関節が亜脱臼(俗に言う、肘が抜けたと言う状態)を起こしていたと言うことぐらいでしょうか。
当時は母が寝たきりの祖母の介護に付きっきりで、私はいつも祖父と一緒にいましたから祖父に育てられたようなもの。母にかまってもらえない寂しさも多少はありましたが、祖父といることの方が楽しく感じていました。
今から考えてみれば、きっと寂しさを我慢してたんでしょうね。その寂しさをこらえて、こらえて一気に発熱という形で発散して母の気をひこうとしていたのでしょう。
また当時はまだ大きな病院へ行かないと整形外科がなく、整骨院の先生が骨折や脱臼を治していた時代ですから、私も肘を亜脱臼した時は整骨院に連れて行かれ、治してもらっていました。子どもながらに動かない肘がクリクリっと処置してもらったら、あっという間に動くようになるので、「すごいなぁ」と思っていました。
何度も何度も肘の亜脱臼を治してもらったので、整骨院へ行くことには全く抵抗がなくなり、小学生になっても突き指や捻挫をしては整骨院へ行って治してもらうというのが、私のごく普通の習慣でした。小学生の低学年の頃でも一人で整骨院へ行っていましたからね。今のご時世、その年代で一人で通院するって子はほぼほぼいませんもんね。
こんな感じで、全く治療家家系に生まれた訳ではもなく、ごく一般的な家庭で育ったんですが、ただ同級生と違った点は、相当治療院には行き慣れていた少年でした。
鍼灸治療との出会い
そして鍼灸と初めて出会ったのが、中学2年生の時。当時はハンドボール部に所属して毎日練習の日々。夏休みなると練習量も増え膝が痛み出したので、例のごとく小さい頃からお世話になっている整骨院へ行ったのですがお盆休みだったので、違う鍼灸整骨院へ行ってみました。
ここの先生に鍼治療を勧められ、初めて鍼治療を受けました。鍼をしてもらったし翌日にはだいぶ良くなっているだろうと期待して練習をやってみましたが、
「ん??痛いぞ。。。」期待したほど治っていませんでした。
でも数日通ってみましたが、「う~ん。治らない。」という状態。
これが私の鍼灸との初めての出会いでした。「鍼ってすごい!!」という感動はなく、「全然効かねぇよ…」と言う残念な初体験でした。
そんなこんなで、中学・高校とハンドボールをやって過ごし、進路をどうしようか考えだした頃に、「スポーツに関わる仕事をしてみたい」と思うようになり、自分自身が選手になるなんてのは到底不可能だったので、選手をサポートするような仕事ができればいいなぁと考えるようになりました。
そんなことを進路指導の先生に相談すると、「それならば国家資格を持っていた方がいい。鍼灸師とかね。」
「鍼灸師ね~。鍼治療を受けたことはあるけど、あんまり効かなかったなぁ」
そんな印象を持ちながら、でも確かに国家資格は持っておいてよさそうだと、高校生ながら考え鍼灸専門学校へ入学しました。
はり・きゅうって面白い
専門学校に入学して最初に驚いたのは、東洋医学の考え方を用いれば、筋肉や関節の痛みだけでなく、内臓の不調を整えたり、風邪などの体調不良にもアプローチできるということでした。
当時の私にとって、体調が悪くなれば病院へ行き、薬をもらうのが当たり前でした。だからこそ、「鍼灸でそんなことまでできるのか」と大きな驚きを感じると同時に、純粋に「面白い世界だな」と惹かれていきました。
東洋医学に興味を持つ一方で、実際の治療現場も知りたいと思い、鍼灸整骨院でアルバイトを始めました。そこでは痛みのある場所へ鍼やお灸をする施術を毎日学ばせていただきましたが、次第に「これが本来の鍼灸治療なのだろうか?」という疑問が生まれるようになりました。
現場で行われている施術と、自分が学びたい東洋医学的な治療には大きなギャップがあり、アルバイトへ向かう足取りが重い時期もありました。
それでも勉強会には欠かさず参加し、「鍼灸って本当にすごいなぁ」と実感する日々の中で、いつしかスポーツ選手だけでなく、さまざまな不調で苦しんでいる方の力になりたいと思うようになりました。
そして学校へ相談し、鍼灸だけで治療を行っている先生を紹介していただいたのが、扇町漢方クリニックでした。
鍼灸漬けの日々
面接を受け、運良く研修生として採用していただき、刺激的な毎日が始まりました。
何より衝撃だったのは、数本の鍼だけで患者さんの身体が変わっていくことでした。
最初は私も「そんな数本で効くわけないだろ〜」と思っていました。しかし、多くの患者さんが目の前でどんどん良くなっていくんです。それはもう、「すげ〜!!」の連続でした。
師匠や先輩方の施術を毎日見せていただきながら学び、内部試験に合格して、私自身もクリニックで施術を担当するようになりました。(この内部試験が国家試験より難しく、しかも実技試験まであるんです。)
今だから笑って話せますが、当時は本当にハードでした。クリニックに泊まり込んでカルテやレポートを作成することも珍しくなく、毎日同期と鍼の練習を繰り返していました。
まさに鍼灸漬けの日々。でも、不思議と辛いと思ったことはありません。好きなことに夢中になれる毎日は、本当に楽しい時間でした。
このクリニックでは、身体の痛みだけでなく、婦人科のお悩みや皮膚症状、不眠、うつ病やパニック障害など、さまざまな症状を抱えた患者さんの施術を経験させていただきました。
「痛いところだけを治療する」のではなく、その人の身体全体を診て、不調がなぜ起こっているのかを考える。その治療に出会えたことが、今の私の原点です。
ご縁があって開業へ
2013年8月、ご縁があって現在の場所で心晴鍼灸院を開業しました。
今でも「鍼灸は肩こりや腰痛のもの」というイメージを持たれている方は少なくありません。しかし私が学び、今も大切にしている鍼灸は、それだけにとどまるものではありません。
お一人おひとりの身体を丁寧に診て、なぜその方の中で不調が起こっているのかを一緒に考える。その積み重ねが、長年改善しなかった不調や、繰り返していた不調の改善につながると考えています。
私が鍼灸を通して目指しているのは、身体を楽にすることだけではありません。
身体が楽になることで心に余裕が生まれ、その余裕がご家族や職場、周りの人への優しさにつながる。そして、その優しさがまた誰かを笑顔にし、その笑顔がさらに周りへと広がっていく。
そんな一本の鍼から優しさと温もりが広がる世界を願いながら、これからも日々学び、多くの患者さまの力になれるよう歩み続けていきます。
